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とかちポロシリ行政書士の日常

人に歴史あり


今日はとかちプラザで

行政書士会・司法書士会合同での

無料相談会が行われました。

 

私も末席というか賑やかし程度に参加しましたが

やはりご相談の中で一番多かったのは

遺言、相続といった終活にまつわるものだったようです。

 

後見制度まで含めれば

8割くらいは終活関連かもしれません。

 

それだけ皆さん関心があることなのでしょう。

 

そのせいか、ご自身でもセミナーや書籍、ネットなどで

調べられてからご相談に来る方も多かったようです。

 

もちろん自分で得心が行くまで調べられてこそ

満足のいく終活につながるのは間違いありません。

 

相談を受けられていた先生方も

それを踏まえて皆さんにわかりやすく説明されていて

私自身大変勉強になった部分もありました。

 

ただ、やはり専門家は

膨大な経験を持っているわけですから

自分の中で完結させるだけでなく、

上手に専門家を利用していくことが望ましいようには思います。

 

もちろん費用は掛かりますが

後顧の憂いをなくすための出費と考えれば

それは高くはないのではないかなと思ったりもします。

 

実際、相続のトラブルのうちの何割かは

専門家が事前に関わっていれば防げるものであるようなことも

弁護士、司法書士、行政書士、税理士、各士業の先生方から伺います。

 

それだけトラブルに発展しやすいことなのでしょう。

実際一つとして同じ案件はありませんから。

 

そういったお手伝いをさせていただき、

皆さんの不安を取り除けて

安堵されたような表情でお帰りになる姿を見ていると

ああいい仕事を選んだなと思います。

 

もっともっと研鑽を重ねて

見識を広げていかねばなりませんね。

 

何にせよ、いろいろと勉強になる一日でした。

見つかるように隠す


民法の大改正があったことはご存じの方も多いかと思います。

 

民法はかなり古くからある法律ですので、

様々な部分で時代に即していないという問題は指摘されていました。

 

もちろん法律の改正はそう簡単なことではないので

(逆に簡単にころころ変えられたら困りますよね)

多くの有識者の意見を取り入れて改正点が決められています。

 

その改正点の大きな一つが遺言にまつわる法律です。

 

特に大きいなと思うのが

自筆証書遺言に関する規定です。

 

今まで自筆証書遺言の大きな弱点として

 

「あるのかないのか、どこにあるのか、どんな内容か」

 

といったことを、基本的に本人しか知らない、

というものがありました。

 

結果的に、書いたご本人がなくなった後、

遺言が見つからずに法定相続分で遺産を分割せざるを得なくなったり

遺言は書いてあるけれど、法律上必要な条件を満たしておらず

無効になってしまったりといったことがよく出てきてしまいます。

 

遺言書というものは、簡単に見つかってしまっては困るけれど

いつまでも見つからなくても困ります。

 

そこで法務省で自筆証書遺言を預かります、というのが

今回の改正点の目玉の一つです。

 

これで保管場所については

安心な場所を一つ確保できるということになります。

 

ですが、内容についてはやはり弁護士、行政書士、司法書士といった

専門家に依頼するのが一番です。

(当事務所でももちろん自筆証書遺言作成サポートはしております)

 

亡くなった後には修正できませんから、

作成時点でしっかりと作りこんでおく必要があります。

 

自筆証書遺言の内容について

専門家にチェックしてもらうのは非常に重要です。

せっかく書いたのに万一無効なものだったら、と思いませんか?

 

専門家が責任をもってお手伝いするからこそ

自筆証書遺言は有効なものとして意味が出てくるものでしょう。

 

とはいえやはり公正証書遺言の方が明らかに望ましいとは思います。

亡くなってしまった後では自分の意思は明らかにできないからこそ

無用な紛争を生じないように、効力を確かなものにしておく、

公正証書認められた非常に強い効力は

まさに終活にふさわしいのではないでしょうか。

 

おそらく専門家100人に聞きました、という問題があったら

100人中100人が公正証書遺言が最善だと言うのではと思ったりします。

 

自分のエンディングノートをきちんとしたものにしておくために

リビングウィルについても一緒に作っておくのも有効です。

 

なんにせよ、まずは専門家に相談、です。

 

11月6日はとかちプラザで行政書士と司法書士の

無料相談会があります。

 

ぜひお越しください。


身の丈

先日の萩生田文科相の発言について

やはり少なからぬ衝撃を受けましたので

少しそれについて書いてみたいと思います。

 

発言は以下のようになっています。

 

「それ言ったら、『あいつ予備校通っていてズルいよな』と言うのと同じだと思うんですよね。だから、裕福な家庭の子が回数受けて、ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれないけれど、そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑張ってもらえば」

「人生のうち、自分の志で1回や2回は、故郷から出てね、試験を受ける、そういう緊張感も大事かなと思う」

「できるだけ近くに会場を作れるように今、業者や団体の皆さんにはお願いしています」

「できるだけ負担がないように、色々知恵出していきたい」

 

まぁちょっと信じがたい発言ではあります。

 

教育というのは親が子に対してしてやれる投資としては最大のものです。

無形であり、リターンも約束されてはいませんが

子供の将来を想って、将来困ることがないように、

いろいろな選択肢を持てるようにという想いで

子供の適性や興味を考えながら行っていくものです。

 

そしてそれは社会に対して、あるいは国家に対しての

個々の構成員の貢献でもあります。

 

逆に、国家として、社会として

次世代を担う若者を育てるという重要な働きでもあります。

 

親が子に対してしてやれることという意味では

国内のどこにいても大きな差はありません。

 

がしかし、実際に親が持てる教育機会の選択肢は

地方と都会では極めて大きな差があります。

 

それは現実として確実に存在します。

 

だからといって、その差を放置していけば

それはやがて国家として、社会として先細るのは自明です。

 

子供の持つ能力には生まれる場所は関係ないからです。

 

大きな可能性を持つ子供がどこに生まれるかということだけで

その後の教育機会の差が固定されてしまったら

都会に生まれた子供の中からしか

その可能性を現実のものとできなくなります。

 

100万人に1人の能力を持つ子供は

都会に生まれるとは限りません。

 

だからこそ、教育行政というものは

教育機会の格差を埋める方向でなされなければなりません。

 

そんなことは江戸時代の各藩でさえやっていたことなのに

21世紀の教育担当大臣がこの発言をするとは

嘆かわしいにもほどがあります。

 

十勝という一地方に生きる者として

子供にはできる限り教育機会を与えるべきだと

私は確信しています。

 

少し考えなおしていただきたいですね。

備えあれば


十勝のいいところだなぁと思うことの一つに

人と人とのつながりがとても大切にされているということがあります。

信頼関係が基礎にあって、すべてはまずそこから始まります。

 

損得勘定や打算がないわけではないでしょうが

都会に比べて相手の顔が良く見える、ということは言えるかもしれません。

 

一度驚いたのが、農地の貸し借りで

契約書などは交わさない、という方に会ったことでした。

 

よほどの信頼関係がないと

そこまではなかなかできないだろうと思います。

 

とは言え、万が一に備えておくということも

時には必要なのではないかとも

やはり契約書作成のプロとしては思ったりもします。

 

どれほど強い信頼関係があったとしても

勘違いや行き違いが発生しないとは言い切れませんよね。

 

お互いに合意したことは文字、書面にしておくことを

やはりお勧めしたいと思います。

 

フリーランスの方などは契約の段階で

交通費や消費税の処理はどうなるのか、などを文字にしなかったため

後からでは切り出せずに損失が生じるケースもままあります。

 

もちろん、著作権や商標権などのトラブル回避も重要です。

 

契約書というものは、相手が信頼できないから作るものではなく

信頼関係をより強くするために作るものです。

この機会に一度見直されてみてはいかがでしょうか。


ルンルン

弊所の電話番号は

(帯広市)-ろくろく-よんいちきゅうに

となっています。

 

四一九二、とくれば語呂合わせは「よいくに」です。

これはもう誰でも思いつく語呂合わせです。

 

では六六はどうするか。

 

「ルンルン」はどうだろうかと知り合いや家族に提案してみたりするのですが

(おっさんのくせにルンルンって・・・)みたいな

わりと冷ややかな目で見られました。

 

だ、だめなの?


何m?


昨日は久しぶりにプロ野球を観てきました。
帯広には年に1度しか来ませんので
そうそう観戦のチャンスはありません。
 
ちょっとだけいい席を買い
当日の天気を気にしながら過ごしていましたが
何とか天気も晴れてくれました。
 
12000人も入ればほぼ満員の小さなスタジアムですが
この日を待っていた人が多かったのだろうなと感じさせる熱気が
球場のあちこちから漂っています。
 
球場の両翼は97m、バックスクリーンまで122m。
左バッターが流し打った打球が

あっさりと左翼席に入るところを見ると

本当はもっと狭いんじゃないかと思ったりします。

(相手チームの選手だったので不満なのです)

 

行政書士は車庫証明や風営法の許可申請では

レーザー測定器を使って長さを計測しますが

球場くらいの大きさも測れたかなとちょっと思います。

 

北海道のような広大な土地があっても

一部の地域を除いては車庫証明が必要です。

(例えば中札内村、更別村は不要な地域です)

 

保管場所(これを通称車庫と呼んでいるわけですね)を

計測し図面に起こすだけでも面倒ではありますが

それを所管の警察署に持っていって標章をもらうのは

平日にお休みが取れないとなかなか大変です。

 

もちろん当事務所でも代行を承っておりますので

車を買ったのはいいけど車庫証明か・・・という方は

お気軽にお申し付けください。

 

野球の話と見せかけて宣伝、というオチでした。

古物商 届出お済みですか

生きることは


今日の北日本新聞にこんなニュースが掲載されていました。

「喜んで逝った」信じる 県内、救急隊に蘇生中止要請

自分の最期をどう迎えるか、というのは誰しも思うことでしょう。

ピンピンコロリ、などという言葉もありますが、みながみな、そういう最期を迎えられるわけではありません。遺される配偶者や家族になるべく負担をかけたくないと望まれる方もとても多くいらっしゃることかと思います。

ですが医師には治療をする義務というものがあります。本人の意思がはっきりしない場合には
たとえどのような形にせよ延命措置を採らざるを得ない、というケースは当然あります。

リンクのニュースの場合には生前からの明確な意思=リビングウィルがあり、それを担当医がきちんと把握してくださっていたおかげでご遺族にとって後悔のない見送り方ができたとのことです。

しかしながら、その明確な意思というのが口頭ではなかなか伝わらないということがあります。どこまでを自分が望み、どこからは望まないということについてそれぞれの意思を明確にしておくこともいわゆる「終活」のひとつと言えるでしょう。

どう生きるか、ということとどう死ぬか、ということは正反対のように見えて実は一体不可分なのかもしれません。


私の両親も、その思いからリビングウィルを最近書面にしました。

権利や意思に関する書面の作成は行政書士の業務の一つですが行政書士としてそれを手伝えたことを
ひそかに嬉しく思ったりしております。

遺される方の心身の負担をできるだけ軽くしてやりたい、懸命に治療に当たってくれた医療関係者が
治療の義務と意思の尊重の狭間で苦しまないようにしてほしい、リビングウィルはそのための書面でもあります。

人生の最期における自分の希望をできるだけ明確にしておきたい、

リビングウィルのお手伝いを当事務所が誠心誠意お手伝いします。

ここにしかない事情 

北海道の児童・生徒の学力が相対的に低い、ということは以前から言われています。
それが事実だと仮定したとき、その原因は何なのか、はっきりしたことは私には言えませんが
(というか、一つではないでしょう) 一つ思っていたことがあります。

帯広市内に送迎できない家庭では十分な学力増進のための対策は立てにくいのではないか、ということです。小学校、あるいは中学校の授業だけで十分な学力が確保できるかと考えた場合、私はそれは難しいだろうと思います。それは公立の義務教育の性質上、平均から一定以上外れた学力の児童、生徒に対してその能力に見合った授業をすることは難しいからです。どうしても平均近辺の学力を目安にして授業せざるを得ないでしょう。義務教育なんですから。学力が一定以上高い(あるいは低い)生徒に特別に補習していたらそれはそれで問題になるはずです。

となると各家庭で塾なり家庭教師なりを使ってそれを確保するしかなくなります。子供だけで通える位置に住んでいる、あるいは送迎できるだけの時間的、費用的コストを保護者が負担できる、というご家庭なら何とかなるかもしれません。ですが1~2年間、週に2~3回の頻度で何十kmも往復できるでしょうか。しかも子供が授業を終えるまで保護者は時間を潰さなくてはならないわけです。朝早くから暗くなるまで畑仕事をした後に市内中心部まで送迎していったん家に帰るなり街で時間を潰すなりしてください。そしてそれを週に3回、何年間か続けてください。そう言われたら私にはとてもできませんと答えるでしょう。

となると家庭学習しかなくなるわけです。でも子供は分からないところを質問することもできません。極論すれば、分からないところが分からない、となるでしょう。これで学力が伸びる子供がたくさんいたらその方が衝撃です。なかなか伸びないでしょう、普通に考えて。結果として、能力がある子供でもその能力ややる気に見合った学習環境が与えられない、ということが増えてくると私は思っています。

今、私は帯広中心部から30kmほどある農村部のご近所で同学年のお子様がいる家庭数軒である一軒のお宅に場所だけ用意していただいて出張個人指導のようなことをしています。

市内までは送迎できないけれど近所の○○さんところなら車で5分だから、という感じで集まっています。


私の方は、十勝らしい田園風景の中をああ、今年の小麦はどうなのかなぁなどと考えながら車を走らせております。中学主要教科は全て指導できますからそのお子さんたちの総合的な学習指導を私が全て見ている感じになります。大人数は目が行き届かなくなりますが数人程度ならかえって効率よく指導できるというメリットもあります。北海道に移ってしばらくは北海道の受験事情をよく知りませんでしたが5年ほどいますのである程度受験指導もできるようになりました。

東京の塾、予備校の講師で培った経験をこういう形で十勝に還元できれば私にとっても喜びになります。

関心のある方はいつでもお問い合わせください。


ブラッシュアップ 


ご存知の方も多いかと思いますが、民法が大改正されます。中でも皆さんの生活に大きな影響を及ぼしそうなのが相続法に関わる部分です。

配偶者居住権や自筆証書遺言の要件緩和など新たに定められたり大幅な変更になったりしているものが多くあります。


既に施行されているものもありますが来年に施行されるものもあって今がまさにちょうど過渡期ということになります。そういった部分こそ行政書士がお役に立てる、立たなければならない部分ですので知識をブラッシュアップしていかなければということで行政書士会の十勝支部でやっていただいた改正相続法の研修会に参加してきました。

研修センターの周辺は十勝ならではののどかな風景ですが改正相続法に精通されている先生の講義をみっちり数時間聴講し自分の知識を深めていく時間は濃密です。

その後十勝支部の諸先生方と今回のテーマだけでなく様々な業務の情報交換をしながら親睦を深めるという非常に有意義な研修会でした。

行政書士の業務は非常に地域性が強く出ますので私にとっては聞くものすべてが生きた教材です。

ともあれ自分の知識を研鑽する機会は今後もずっと求めていこうと思っています。

「終活」というものに関心が集まる昨今、皆様のお役に立てればと思います。

遺言、相続、リビングウィル等々何かありましたらお問い合わせください。